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1. 悪意の遺棄とは|夫婦の義務を怠ること
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2. 悪意の遺棄にあたる3つの義務違反|具体例を紹介
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2-1. 同居義務違反|同意のない別居や追い出しなど
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2-2. 協力義務違反|家事放棄や育児放棄など
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2-3. 扶助義務違反|正当な理由のない生活費の負担拒否など
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3. 悪意の遺棄にあたらない例
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3-1. 婚姻関係が破綻したあとに別居した場合
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3-2. 有責配偶者に対して生活費を渡さなかった場合
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3-3. 義務違反が短期間の場合
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3-4. 「正当な理由」がある場合
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3-5. 「悪意」と認められない場合
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4. 悪意の遺棄が認められる場合にできる請求
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4-1. 離婚請求|裁判で離婚を請求可能
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4-2. 慰謝料請求|相場は100万円から300万円程度
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4-3. 離婚に伴うその他の請求|財産分与、養育費、未払いの婚姻費用など
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5. 悪意の遺棄を証明するための証拠の例
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6. 悪意の遺棄をした側(有責配偶者)からの離婚請求は原則認められない
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7. 悪意の遺棄に関してよくある質問
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8. まとめ|悪意の遺棄について悩んだら、弁護士に相談を
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1. 悪意の遺棄とは|夫婦の義務を怠ること
「悪意の遺棄」とは、婚姻生活を破綻させる意思をもって、正当な理由なく同居義務、協力義務、扶助義務という夫婦の義務を履行しないこと を言います。
民法第752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」として、婚姻の本質的義務として同居義務、協力義務、扶助義務の3つを定めています。
これらの義務を正当な理由なく履行しないと「悪意の遺棄」にあたる可能性があります。
「悪意の遺棄」は、法律上の離婚原因です。
離婚の方法には、協議離婚、調停離婚、裁判離婚があります。このうち、協議離婚と調停離婚は、話し合いのうえ夫婦双方の合意に基づいて離婚するものです。一方で、裁判離婚においては、夫婦の一人が離婚を拒否していても、離婚原因が認められれば離婚することが可能となります。
民法では5つの離婚原因を定めており、「悪意の遺棄」はそのうちの一つ です。ただし、実務上は、離婚原因のうち「婚姻を継続し難い重大な事由」を中心に主張を組み立てることが多いため、「悪意の遺棄」のみを離婚原因として主張するケースはさほど多くはないと考えられます。
2. 悪意の遺棄にあたる3つの義務違反|具体例を紹介
悪意の遺棄にあたるのは、以下の3つのいずれかに該当する場合です。実際には、これらの義務違反の複数にあてはまるケースも多いでしょう。
同居義務違反|同意のない別居や追い出しなど
協力義務違反|家事放棄や育児放棄など
扶助義務違反|正当な理由のない生活費の負担拒否など
具体例を紹介します。
2-1. 同居義務違反|同意のない別居や追い出しなど
同居義務とは、夫婦として同居する義務のことです。
同居義務違反にあたるかどうかは、形式的に判断されるのではなく、実質的に判断されます。したがって、同じ家に住んでいても家庭内別居の状態にある場合には、同居義務違反にあたることがあります。
逆に、単身赴任の場合など同じ家に住んでいなくても、同居義務違反にあたらないことがあります。
同居義務違反の例としては、配偶者を捨てて家出したり、家から追い出したりするケース が考えられます。配偶者が家から出ていかなければならないように仕向けることや一時的に外出した配偶者を家に入れないことも同居義務違反にあたります。
裁判例では、夫が妻に対し、出発予定も行き先も告げず、今後の生活方針について何も相談することなく、独断で上京した事案があります。このケースにおいて、夫は、妻が3人の幼い子どもを抱え、父親のいない生活を余儀なくされることを熟知しながら、夫婦、家族としての共同生活を放棄したとして、悪意の遺棄が認められています。
また、夫が妻の不貞行為を疑い、妻を家に入れず、2年近く同居を許さなかった事案において、悪意の遺棄を認めた裁判例もあります。
2-2. 協力義務違反|家事放棄や育児放棄など
協力義務とは、夫婦間の精神的かつ事実的援助のことです。協力義務違反の例としては、趣味などに没頭して家事や育児を放棄するケース が考えられます。
ただし、協力義務違反については、実務上、それのみが主張されるケースは少なく、同居義務違反や扶助義務違反と合わせて主張されたり、「悪意の遺棄」ではなく「婚姻を継続しがたい重大な事由」として主張されたりする場合が多いと考えられます。
2-3. 扶助義務違反|正当な理由のない生活費の負担拒否など
扶助義務とは、夫婦間の経済的援助のことです。扶助義務違反の例としては、配偶者に必要な生活費を渡さないケース が考えられます。なお、相手方配偶者が自発的に家を出て行った場合には生活費を支払わなくてもよいのではないかという主張がみられますが、そのような場合であっても、原則として生活費を支払わなければなりません。
裁判例では、妻が半身不随で日常生活もままならない状態であった事案において、夫は、妻がそのような不自由な生活、境遇にあることを知りながら自宅に置き去りにし、正当な理由もないまま家を飛び出して長期間別居を続け、その間妻に生活費を全く送金しなかったとして、悪意の遺棄を認めたものがあります。
3. 悪意の遺棄にあたらない例
悪意の遺棄にあたらないのは以下のようなケースです。
婚姻関係が破綻したあとに別居した場合
有責配偶者に対して生活費を渡さなかった場合
義務違反が短期間の場合
「正当な理由」がある場合
「悪意」と認められない場合
3-1. 婚姻関係が破綻したあとに別居した場合
夫婦に共同生活を営む意思がなく、夫婦としての共同生活の実体が失われ、回復の見込みがないような状態を婚姻関係の破綻と言います。婚姻関係が破綻したあとに別居しても悪意の遺棄にはあたらない と考えられています。
3-2. 有責配偶者に対して生活費を渡さなかった場合
婚姻関係破綻の原因をつくり出した配偶者を有責配偶者と言います。たとえば、不貞行為を行って婚姻関係を破綻させた配偶者は有責配偶者にあたります。
有責配偶者は、他方の配偶者に対し、扶助を請求できないと考えられています。したがって、有責配偶者に対して生活費を渡さなくても悪意の遺棄にはあたりません 。
裁判例では、妻が一方的に夫との同居生活を棄てて、夫婦間の破局を決定的にした事案において、妻は有責配偶者にあたるため、夫に対し、別居期間中の扶助を請求することはできず、夫が妻の生活を顧みなかったからといって悪意の遺棄にはあたらないとしたものがあります。
また、妻が夫の意思に反して、実兄やその子ども2人を同居させ、夫をないがしろにしたうえ、実兄らのためにひそかに夫の財産から多額の支出をした事案において、妻が婚姻関係の破綻について主な責任を負うべきであるから、夫が妻を扶助しないことは悪意の遺棄にあたらないとした裁判例もあります。
3-3. 義務違反が短期間の場合
悪意の遺棄と認められるためには、同居義務、協力義務、扶助義務に違反する状態が一定期間継続している必要があると考えられています。したがって、一時的な別居は、悪意の遺棄にあたりません 。
どの程度の期間の別居であれば悪意の遺棄と認められるのかについて明確な基準はなく、事案に応じてケースバイケースで判断されます。
裁判例では、不貞行為を繰り返す夫に反省を求める目的で、妻が一時的に実兄のもとに身を寄せた事案について、悪意の遺棄を認めなかったものがあります。
3-4. 「正当な理由」がある場合
同居義務、協力義務、扶助義務を履行しないことに正当な理由がある場合、悪意の遺棄にはあたりません。
たとえば、DV(配偶者による暴力)から逃れるためにやむを得ず別居したような場合には、正当な理由がある と考えられます。
3-5. 「悪意」と認められない場合
「悪意の遺棄」と言えるためには、「悪意」が認められる必要があります。悪意とされるのは、「これで夫婦生活を破綻させよう」という意図や、もしくは「破綻しても構わない」と容認する考えがある場合 です。
したがって、無断で別居したことをもって、直ちに悪意の遺棄にあたるわけではなく、別居に至った経緯などから、婚姻生活を破綻させる意思が認められる必要があります。たとえば、別居はしているものの、適正な額の生活費を渡しているようなケースでは、「悪意」が否定されることが少なくないと考えられます。
裁判例では、妻が荷物を持って実家に帰ったものの、その後も夫との間で文通があり、生活費の授受もあった事案において、妻が実家に帰ったのは、裕福な医業の家で育った妻が安楽な生活を望んで行った軽率な行為であり、婚姻を破綻させる意思まではなかったとして悪意の遺棄を認めなかったものがあります。
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4. 悪意の遺棄が認められる場合にできる請求
悪意の遺棄が認められる場合、悪意の遺棄をした配偶者に対し、離婚請求や慰謝料請求をすることができます。また、離婚に際しては、財産分与や子どもの養育費、未払いの婚姻費用(生活費)を請求できる可能性があります。
4-1. 離婚請求|裁判で離婚を請求可能
悪意の遺棄は、裁判離婚の要件である離婚原因の一つです。したがって、悪意の遺棄が認められれば、相手方配偶者が離婚を拒否していても、裁判で離婚することが可能です。
実務上は、「悪意の遺棄」のみを離婚原因として主張するケースは少なく、合わせて「婚姻を継続し難い重大な事由」を離婚原因として主張することが多いと思われます。
4-2. 慰謝料請求|相場は100万円から300万円程度
悪意の遺棄は、婚姻関係を破綻させるおそれのある不法行為にあたります。したがって、悪意の遺棄によって婚姻関係が破綻し離婚に至った場合、これによって被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求できます 。
慰謝料の額は、婚姻期間の長さ、悪意の遺棄の悪質さなどを考慮して、ケースバイケースで判断されます。慰謝料額の相場は、100万円から300万円程度 と言われています。
なお、慰謝料請求権は、悪意の遺棄の時または離婚成立の時から3年で時効消滅する可能性があるため注意が必要です。
4-3. 離婚に伴うその他の請求|財産分与、養育費、未払いの婚姻費用など
離婚に際しては、相手方配偶者に対し、財産分与を請求できます。財産分与とは、夫婦が共同で築き上げた財産を清算する制度です。
財産分与の金額は、原則として夫婦が共同で築き上げた財産の2分の1ずつとなります。
また、夫婦の間に子どもがいる場合には、離婚後の養育費を定める必要があります。養育費の金額は、裁判所のホームページの「養育費・婚姻費用算定表」のページで公表されている表に基づいて算定されるケースが多いです。
なお、婚姻期間中の未払いの婚姻費用を請求できる場合もあります。婚姻費用とは夫婦の婚姻生活に必要な費用であり、実際は離婚前から別居する夫婦の間で別居中の生活費を含む婚姻費用を離婚時に清算するケースが少なくありません。
5. 悪意の遺棄を証明するための証拠の例
別居して住民票を移している場合には、住民票が同居義務違反の証拠となり得ます。また、扶助義務違反については、預貯金通帳に相手方配偶者からの入金がない ことを証拠とすることが考えられます。
相手方配偶者が家出してしまった場合、警察署長の発行する家出人届出受理証明書 などが証拠となり得ます。相手方配偶者とのメールやSNSでのやりとり が悪意の遺棄に関する証拠となる場合もあるでしょう。
6. 悪意の遺棄をした側(有責配偶者)からの離婚請求は原則認められない
判例上、婚姻関係破綻の原因をつくり出した有責配偶者からの離婚請求は、原則として認められないとされています。したがって、悪意の遺棄をした側からの離婚請求は認められないのが原則です。
ただし、有責配偶者からの離婚請求が例外的に認められる場合があります。有責配偶者からの離婚請求が認められるかどうかは、以下のような要素を総合的に考慮して判断されます。
夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
夫婦の間に未成熟の子が存在しないこと
相手方配偶者が離婚により精神的、社会的、経済的に極めて苛酷な状態に置かれるなど、離婚請求を認容することが著しく社会正義に反すると言えるような特段の事情が存在しないこと
なお、別居が相当の長期間に及ぶことという要件については、おおむね6年から10年程度の別居期間が必要であると考えられます。
7. 悪意の遺棄に関してよくある質問
8. まとめ|悪意の遺棄について悩んだら、弁護士に相談を
悪意の遺棄は離婚原因の一つであり、これが認められれば離婚請求や慰謝料請求をすることが可能です。
しかし、悪意の遺棄にあたるかどうかの判断は必ずしも容易ではなく、実務上は「婚姻を継続し難い重大な事由」の検討なども必要 になります。また、現に生活費が支払われていないケースでは、婚姻費用の請求も検討すべきです。
これらの手続きを行うにあたっては専門的な知識が必要であるうえ、物理的かつ精神的に著しい負担となる可能性もあります。自身で対応するのが難しいと感じたら、弁護士に相談してみるのがよい でしょう。
(記事は2024年12月1日時点の情報に基づいています)